[PDF形式:3630KB]

 ここでは,ミクロ経済学の需要と供給の理論を用いて都市や地方の交通問題について考えます.

1 都市交通

(1)ピークロードプライシング

 都市の交通混雑は都市の魅力を低下させる要因の一つでしょう.しかし,交通混雑が一日中起きているわけではありません.

 図\(1\)は東海道線横浜~川崎駅間時間帯別の利用者数を示しています.上りついては通勤・通学の時間帯(\(7\)時,\(8\)時台)の利用者数が飛び抜けて多いことが分かります.この時間帯だけで実に一日の約\(25\)%の利用者が乗車している計算になります.しかし,通勤・通学ラッシュを過ぎると,帰宅ラッシュがはじまる\(17\)時までは利用者数が\(1\)万人台に落ち着きます.帰宅ラッシュ(下り,川崎~横浜駅間)も通勤・通学ラッシュのピークほど利用者が集中しているわけではないようです.

図1:東海道線横浜ー川崎間時間帯別利用者数(2016年度)

図1:東海道線横浜ー川崎間時間帯別利用者数(2016年度)

 時間帯によって利用者が異なるということは,時間帯によって需要が異なると考えられるでしょう.図\(2\)の需要と供給の図を用いてこの状況を描写してみましょう.図\(2\)は,横軸にある駅間の交通量(=利用者数)が,縦軸にこの駅間の片道運賃(=価格)が測られています.鉄道事業者は,この駅間を一定の車両数や社員数を用いてサービスを提供します.ここで,交通量が\(O\)から\(T_1\)までは価格\(P_0\)でサービスを提供できるとしましょう.このため,供給曲線\(S_0\)\(P_0\)で水平になります.しかし,交通量が\(T_1\)を超えると,車両数や社員数を追加的に増やす必要があり,供給曲線\(S_0\)は右上がりになるとしましょう.

 一方,需要曲線はオフピーク時は\(D_0\)で,(オン)ピーク時は\(D_2\)で示されています.このように,時間帯によって異なる需要は,需要曲線の位置の違いで表現できます.均衡点はオフピーク時が\(B\)点で,ピーク時が\(E\)点で示され,交通量はピーク時(\(T_2\))がオフピーク時(\(T_0\))よりも多くなります.均衡価格については,ピーク時(\(P_2\))がオフピーク時(\(P_0\))よりも高くなります.このように,ピーク時とオフピーク時に異なる運賃を設定することをピークロードプライシングとよびます.市場の失敗が生じていない限り,需給が一致する価格で取引を交わせば,効率的な資源配分が達成されます.したがって,ピークロードプライシングは社会的余剰を最大にする価格設定ということになります.

図2:ピークロードプライシング

図2:ピークロードプライシング

 このようなピークロードプライシングは例えばイギリス・ロンドン市内の地下鉄や鉄道で採用されています.一方,日本の鉄道事業者はピークロードプライシングを採用せず,均一料金を採用しています.例えば,図\(2\)で時間帯にかかわらず価格を\(P_0\)に統一すると,オフピーク時は需給は均衡しますが,ピーク時は\(T_3-T_1\)の超過需要が発生してしまいます.しかし,通常の市場取引とは異なり,鉄道では\(T_3\)の利用者が満員状態の車両に乗り込もうとします.そして鉄道事業者も費用をかけて\(T_3\)の鉄道サービスを提供しようとします.この結果,超過需要は解消しますが,社会的余剰が面積\(EFG\)分だけ小さくなってしまいます.このように,ピーク時の交通量が過大になっているのが日本の特徴です.

 ピーク時の利用者の中には定期券を購入している人も多いでしょう.このような利用者にとっては,直面する価格が(例えば\(A\)のように)\(P_0\)よりさらに低くなります.したがって,ピーク時の交通量はさらに多くなり,社会的余剰の損失も拡大してしまいます.

(2)混雑料金

 国土交通省(\(2019\))によると,東海道線川崎~品川駅間の\(7:39\)\(8:39\)\(13\)両・\(19\)本)の時間帯の輸送力は\(35,036\)人に対して輸送人員は\(67,560\)人に昇るそうです.混雑率(輸送人員÷輸送力×\(100\))は実に\(193\)%に達します.この混雑具合は「体がふれあい相当圧迫感があるが,週刊誌程度ならなんとか読める.」と文章で表現されています.1横浜から東海道線で東京に通勤・通学する人(例えば図\(2\)\(T_3\)人の利用者)はこのような混雑に耐えているのです.

 第\(1\)節(\(1\))の図\(2\)では,ピークロードプライシングを採用することで社会的余剰を最大にできると説明しました.しかし,混雑に伴う負の外部性を考慮すると,価格を\(P_2\)よりさらに引き上げる必要がありそうです.

 確かに,混雑した鉄道に乗車する人は自身が被る不快感を考慮して乗車の意思決定をするでしょう.問題は,混雑した鉄道に乗車する際に,同乗者にも不快感(負の外部性)を与えることを考慮していない点にあります.

図3:混雑料金の効果

図3:混雑料金の効果

 与えられた交通量に対する需要曲線の高さは買い手が鉄道業者に支払ってもよい額(支払許容額)を示しています(レヴィット,グールズビー,サイヴァーソン,\(2017\)).例えば図\(3\)において,ピーク時の\(T_2\)人目の利用者はこの駅間の利用に対して\(P_2\)だけ支払う意思があると考えています.ここで,ピーク時は利用者が一人増えるごとに\(z\)の大きさの負の外部性を同乗者に与えると仮定しましょう.仮にピーク時の利用者は「同乗者が被る負の外部性を補償しなければならない」とするとなにが起こるでしょうか?このとき利用者は,同乗者に\(z\)を支払う必要があるため,鉄道事業者に対しては\(z\)だけ支払えなくなるでしょう.すると,需要曲線は\(D_2\)から\(D_4\)のように\(z\)だけ下方シフトします.先ほどの\(T_2\)人目の利用者も\(z\)だけ需要曲線の高さが下方に低下していることを確認してください(新しい需要曲線の\(T_2\)における高さと\(z\)の合計が支払許容額\(P_2\)に一致します).この結果,需給が一致する点は最適点である\(C\)点に移り,価格(運賃)は\(P_4\)に低下し,交通量は\(T_4\)に減少することになります.この交通量\(T_4\)が社会的余剰を最大にする最適交通量になります.

 この節の冒頭で,負の外部性が発生する状況では,価格を引き上げることが求められると述べました.しかし,今ほど運賃は\(P_2\)から\(P_4\)に低下すると述べました.注意が必要なのは,鉄道事業者へ支払う運賃は確かに\(P_4\)に低下するのですが,利用者はそれに上乗せして\(z\)を支払わなければならない点です.このことは,実質的には価格が\(P_4\)から\(P_1\)へ上昇することを意味します.このため,交通量は(\(z\)込みの)需要曲線\(D_2\)に沿って\(T_2\)から\(T_4\)へ減少するとも考えられます.

 現実にはピーク時の利用者は利用ごとに\(z\)を支払う必要はありません.したがって,第\(1\)節(\(2\))で見たように,ピーク時の均衡点は\(E\)点になり,交通量は\(T_2\)になります.このとき,均衡点(\(E\)点)における社会的余剰は最適点(\(C\)点)における社会的余剰よりも面積\(CEH\)だけ小さくなります.なぜなら,交通量が\(T_2\)から\(T_4\)に増加しても,社会的余剰を増やす消費者の便益は面積\(IET_2T_4\)だけしか増加しませんが,社会的余剰を減らす鉄道事業者の費用は面積\(CET_2T_4\)だけ,不快感を与える負の外部性は面積\(IEHC\)だけ増えてしまうからです.以上のことは,混雑に伴う負の外部性が存在するとき,市場の自由な取引に任せると,交通量が過大になり,市場の失敗が起こることを意味します.したがって,政府はピーク時の利用者に対して\(z\)を負担するような混雑料金(混雑税)を課し,需要曲線を下方にシフトさせることが求められます.

 都市ではピーク時に道路も混雑します.ミクロ経済学では,道路は(対価を支払わない)他の人の利用を妨げることが難しく(非排除性),ある人が利用したからといって他の人の利用量が減るわけでもないため(非競合性),市場取引が難しい公共財に分類されます.したがって,道路サービスは(税を財源に)政府部門が無料で提供することになります.しかし,ピーク(混雑)時の道路利用は,他の人の道路利用機会を減らすため,非競合性を持ち合わせません.道路利用が無料のままだと,混雑を解消できません.そこで,考えられるのが,道路利用に対して料金を課すことです.混雑している道路が一部分であれば,そのようなことも可能になるかもしれません.実際に,イギリス・ロンドン市内では,混雑解消のために,\(2003\)\(2\)月から図\(4\)のゾーン内を通行する車両に対して混雑料金を課すようになりました.2現時点(\(2023\)\(3\)月)では,平日\(7\)時~\(18\)時の間にこのゾーンを通過する際は\(15\)ポンドを支払う必要があります.この混雑料金ゾーンは超低排出ゾーン(\(2019\)\(8\)月より)にも含まれており,二酸化炭素排出量の多い車両はこのゾーンに侵入すると上乗せで課金されることになっています. 

図4:ロンドン市内の混雑料金ゾーン

図4:ロンドン市内の混雑料金ゾーン

 イギリスの都市を歩いて驚かされるのは路上駐車の多さです.しかし,路上駐車も交通の妨げになるため,きめ細かく規制する工夫がなされています.ロンドン市内を歩いていると,図\(5\)のような標識をよく見かけます.これは,ここから駐車が制御されるゾーン(\(CPZ\))がはじまることを表しています.このように,ロンドン市内ではミクロ経済学に基づいた料金政策や駐車停車規制を用いて,交通需要をコントロールしているのです.

図5:ロンドン市内のCPZの標識 (2022年9月撮影)

図5:ロンドン市内のCPZの標識 (2022年9月撮影)

2 地域交通

 地方都市では,民間バス事業者による不採算路線の減便,廃止に伴い,交通空白地域が生まれています.3これに対処するために,地方自治体がコミュニティバスや乗合タクシーなどの形でバス事業を引き継ぐ場合もありますが,この事業も赤字が避けられない状況のようです.

 バス事業を成立(\(1\)便/\(1\)時間)するには,\(32\)人/\(\rm{ha}\)程度の人口密度が求められます(日立市交通交通協議,\(2015\)年).そこで,神奈川県寒川町と富山県射水市のコミュニティバス事業を取り上げて,それが成立するかどうかを確認しましょう.表\(1\)から,寒川町全域の人口密度は\(36.14\)人/\(\rm{ha}\)に達し,上記の条件を満たしますが,射水市全域の人口密度は\(8.25\)人/\(\rm{ha}\)のため,条件を満たしていないことが確認できます.

表1:寒川町と射水市の人口密度
市町名 人口(人) 面積(ha) 人口密度(人/ha)
寒川町 48495 1342 36.14
射水市 90271 10944 8.25
出典:2021統計さむかわ;射水市統計書(令和3年度版)

 それでは,実際のバスルートと人口密度の関係を見てみましょう.図\(6\)は寒川町の人口(\(2020\)年度)を\(250\rm{m}\)メッシュ単位で表示した地図に,コミュニティバスのバスルート(\(2011\)年度)とバス停(\(2010\)年度)を表しています.バスルートとバス停は調査年度が古いため,現在では変更されている可能性が高いことに注意してください.最新のバスルートやバス停は各自治体のウェブサイトから確認できます.図\(6\)から,バスルートは概ね人口密度が\(32\)人/\(\rm{ha}\)を満たす箇所を通っていることがわかります.

図6:寒川町コミュニティバス路線(2011年)と人口(2020年250mメッシュ)

図6:寒川町コミュニティバス路線(2011年)と人口(2020年250mメッシュ)

 一方,図\(7\)の射水市のバスルートと人口密度の関係を見ると,人口密度が\(32\)人/\(\rm{ha}\)を満たさない多くの箇所をコミュニティバスが走っている様子がうかかえます.実際に運行経費を運賃収入では埋められない状況です.例えば,\(2018\)年度については,運賃収入(\(4700\)万円)による運行経費(\(2\)\(9300\)万円)のカバー率は\(16\)パーセントに過ぎません(射水市,\(2020\)).宇都宮(\(2023\rm{a}\))によると,欧州では運賃収入は運行経費の\(50\)パーセント程度をカバーするよう設計されているそうです.射水市の事例はこの基準を大きく下回っています.

図7:射水市コミュニティバス路線(2011年)と人口(2020年250mメッシュ)

図7:射水市コミュニティバス路線(2011年)と人口(2020年250mメッシュ)

 それでは,バスルートが\(32\)人/\(\rm{ha}\)を概ね満たしている寒川町のコミュニティバス事業についてはどうでしょうか?実はカバー率は決して高くないようです.例えば,\(2021\)年度(コロナ禍による移動需要の減少の影響を含んでいることに注意してください)についてみると,運賃収入(\(747.5\)万円)は運行経費(\(5407.5\)万円)のわずか\(14\)パーセントしかカバーしていません(神奈川県,\(2023\)).

 図\(8\)は上記のようなコミュニティバスの厳しい状況を需要と供給の図を用いて描写しています.需要曲線は\(D_0\)で,供給曲線は\(S\)で示されていますが,二つの曲線は図\(8\)の第\(1\)象限で交わっていません.これは取引量がゼロであること,すなわち取引が成立しないことを意味します.二つの曲線が交わらないのは,需要曲線の位置が極端に左方に位置するためです.人口減少に伴うバス交通需要の減少が大きな要因と考えられます.その他に,バス交通が下級財であることも影響しているかもしれません.下級財とは家計所得が増加すると需要曲線が左方にシフトする財を指します.関心のある地域の家計の所得は,バスを下級財に分類たりえると考えられます.さらに自家用車利用が一般的な交通手段になっている地域では,代替財であるバス利用が減少し,需要曲線の左方シフトをもたらします.

 今の分析を別の角度から見てみましょう.第\(1\)節(\(2\))でも述べたように,需要曲線の高さは与えられた交通量に対して消費者が支払ってもよい額を示しています.一方,供給曲線の高さはバス事業者が与えられた交通量に対してバスサービスを提供してもよい額を示しています(レヴィット,グールズビー,サイヴァーソン,\(2017\)).例えば,\(T_0\)人目の利用者に対して,バス事業者は\(A\)で販売してもよいと考えています.図\(8\)では,どのような交通量に対しても需要曲線が供給曲線より低い位置に存在します.すなわち,どのような交通量に対しても消費者の支払ってもよい額が,生産者の売ってもよい額を下回っているのです.このような状態では,取引が成立しなくても不思議ではありません.

 それでは,なぜコミュニティバスの利用者は実際には\(0\)人にならないのでしょうか?これは,自治体が低価格でコミュニティバスを運行しているからです.例えば,自治体が価格を\(P_0\)に固定すると,\(T_0\)の交通量が需要されることになります.仮にこの交通量を需要できれば,消費者余剰は便益を示す面積\(CFT_0O\)から支出を示す面積\(OP_0FT_0\)を差し引いた面積\(CFP_0\)で表されます.自治体がこの需要を応えるためには,\(T_0\)の交通量を供給し,面積\(BET_0O\)の運行費用(バス事業者への支払い)をまかなう必要があります.運賃収入(消費者の支出)は面積\(OP_0FT_0\)だけになるため,運行費用が運賃収入を面積\(BEFP_0\)だけ上回っていることに注意してくだい.したがって,面積\(BEFC\)の社会的余剰の損失が生じます.このため,効率性の観点からはコミュニティバス事業を正当化できません.  

図8:コミュニティバス事業の需要と供給

図8:コミュニティバス事業の需要と供給

 これに対して,コミュニティバス利用は正の外部性を発揮するため,効率性の観点からもコミュニティバス事業を正当化できるという考え方があります.例えば,バス利用は自家用車利用に比べて二酸化炭素排出量が少ない分,環境改善に役立つという正の外部性が期待できます.さらに,高齢者がバスを利用し,歩き回ることで健康的になり,医療費の削減につながるという正の外部性も存在するそうです.後者のように,バス利用が他部門の費用を抑制する効果はクロスセクター効果とよばれます(土井,\(2018\);宇都宮,\(2023\rm{b}\)).実際に,木下(\(2023\))はバス事業や鉄道事業のクロスセクター効果の計算事例を紹介しています.

 そこで,利用者(交通量)が一人増えるごとに線分\(EF\)の便益が市場に参加していない経済主体にもたらされるとしましょう.このとき,社会的余剰を最大にする最適交通量は\(T_0\)になるため,価格を\(P_0\)に設定するコミュニティバスは,一人あたり線分\(EF\)の補助金を用意することで正当化できます.上で述べたように,価格が\(P_0\)のとき,消費者余剰は面積\(CFP_0\)になります.また,自治体はバス利用者から面積\(OP_0FT_0\)の運賃収入を得るだけでなく,補助金面積(一人あたり補助金×利用者数)\(AEFP_0\)を得られるため,面積\(BET_0O\)の費用をまかなった後でも,面積\(AEB\)の生産者余剰を得られます.さらに,交通量\(T_0\)に対して社会全体で面積\(AEFP_0\)の外部便益(正の外部性)を得るため,これも社会的余剰の一部に加える必要があります.一方,補助金\(AEFP_0\)は社会の誰かの負担によってまかなわれるため,社会的余剰が差し引かなかなくてはなりません.以上から,社会的余剰は面積\(AEB\)と面積\(CFP_0\)を足し合わせたものに等しくなります.

3 テキストガイド

 本稿よりも一段上の分析手法を用いて都市交通の抱える問題を取り上げているテキストとして下記が挙げられます.

 第\(12\)章が都市交通の章になります.この章では,交通事業の費用構造について詳しく分析されています.本稿では扱いませんでしたが,交通事業を営むには多大な埋没費用を負担しなくてはいけないため,興味のある生産量の範囲で規模の経済が働きます.規模の経済とは長期平均費用曲線が右下がりになる箇所に等しくなります.規模の経済が存在するような箇所で取引が交わされるとき,社会的余剰を最大にするような価格の下では価格が平均費用よりも低くなり,赤字が生じることが知られています.この点の問題やその解消方法についても,上記テキストに詳しく説明されています.

 地域交通の問題については日本経済新聞が頻繁に取り上げています.例えば,\(\rm{JR}\)西日本のデータを用いて,平均費用を近似する営業費用が実際に右下がりになることを紹介している記事として次があります.

参考文献

補論(鉄道事業者とまちづくり)

 鉄道事業者が「駅ナカ」に小売事業を展開する光景はすでに見慣れたものになりました.そればかりか,小売事業の展開は駅と直結する「駅ソト」にも拡大しています.鉄道事業者の中には,グループ会社を立ち上げ,まちづくりにも参加する事業者も存在します.

 例えば,図\(9\)のように東京電鉄が含まれる東急グループは渋谷駅周辺で「\(100\)年に一度」の再開発事業に取り組んでいます.\(2023\)\(3\)月時点で九つつの再開発事業のうち丸印は開業しており,三角印が建設中です.

図9:東急グループの渋谷駅周辺再開発プロジェクト

図9:東急グループの渋谷駅周辺再開発プロジェクト

 なぜ鉄道事業者は本来の事業と異なる事業にも進出するのでしょうか?それを考えるヒントが養蜂家とリンゴ農家の関係の話になります.この話は正の外部性の典型的な例として,公共経済学のテキストなどでよく取り上げられます.養蜂家はハチミツの生産過程でリンゴ生産における花粉交配を助け,リンゴ農家に恩恵を与えます.リンゴ農家はリンゴの生産過程でハチミツ生産における花蜜を提供し,養蜂家に恩恵を与えます.互いに恩恵を与え合いますが,その対価を受け取ることができないため,養蜂家もリンゴ農家も生産量が過小になってしまいます.この解消方法の一つは,養蜂家とリンゴ農家が共同経営することにあります.なぜなら,互いの恩恵を考慮しながら,生産活動することになるからです.

 話を鉄道事業者に戻しましょう.鉄道事業者はサービスの提供過程で客を運び,駅周辺に立地する小売事業者に恩恵を与えます.小売事業者はサービスの提供過程で客を呼び込み,周辺駅の鉄道事業者に恩恵を与えます.しかし,鉄道事業者は小売業者から,小売業者は鉄道事業者から対価を受け取ることはできません.この話は,上の養蜂家とハチミツ農家の話と似ていることに気がつくでしょう.そこで,鉄道事業者は小売事業者と手を組むことで,過小生産に陥ることを防ぐことができるのです.鉄道事業者が恩恵を与えるのは何も小売事業者に限りません.これが鉄道事業者が駅周辺の再開発事業(まちづくり事業)に取り組む誘因になっているのです.

追記(シンガポールの混雑料金)

 シンガポールでも\(1998\)年から都心に設置してある\(\rm{ERP}\)ガントリー(図\(10\))を通過する車両に対して混雑料金が課されています.4\(11\)は都心周辺の\(\rm{ERP}\)ガントリーの設置位置を示しています.混雑料金は時速\(\rm{20}\)から\(\rm{30km}\)で移動できるように調整されているようです. 

図10:シンガポールのERPガントリー (2023年6月撮影)

図10:シンガポールのERPガントリー (2023年6月撮影)

図11:シンガポールのERPガントリーの設置位置

図11:シンガポールのERPガントリーの設置位置

R環境

セッション情報

  • R version 4.2.3 (2022-03-15)
    • RStudio 2023.06.1+524
    • rmarkdown_2.21

使用したパッケージ

  • ggspatial
  • kableExtra
  • sf
  • tidyverse

  1. 国土交通省「都市鉄道の整備」(アクセス日:\(2023\)-\(03\)-\(09\)↩︎

  2. \(\rm{Transport}\) \(\rm{for}\) \(\rm{London}\) \(\rm{Congestion}\) \(\rm{Charge}\)(アクセス日:\(2023\)-\(03\)-\(10\)↩︎

  3. 鉄道の地方路線についても赤字が深刻のようです.例えば,\(\rm{JR}\)西日本は,利用客が少ない\(17\)路線のローカル線の\(2017\)\(19\)年度の営業赤字が年間平均で約\(248\)億円だったと公表し,世間に衝撃を与えました(泉,\(2022\)).↩︎

  4. \(\rm{OneMotoring}\) | \(\rm{Land}\) \(\rm{Transport}\) \(\rm{Authority}\) \(\rm{(LTA)}\) \(\rm{Electronic}\) \(\rm{Road}\) \(\rm{Pricing}\) \(\rm{(ERP)}\)(アクセス日:\(2023\)-\(07\)-\(05\)↩︎